政策形成プロセスは、どの段階から開くべきか
パブリックコメントの意味と、早い段階からの包摂性・透明性
自治体が市民の意見を聴く、という場面を思い浮かべてほしい。多くの人がまず想起するのは、意見公募手続、すなわちパブリックコメントだろう。実際、従前の「意見聴取」の実務は、その大半がパブリックコメントを想定して組み立てられてきた。そして、このパブリックコメントが形骸化していることは、行政の内外を問わず、すでに多くの人が肌で感じているところだと思う。本稿では、形骸化の構造を整理したうえで、政策形成プロセスをより早い段階から開くことの意義を、豊岡市における二つの実践を素材に考えたい。
1. パブリックコメントは、なぜ「出しにくい」のか
巷で指摘されている「パブリックコメントの形骸化」という課題は、「意見が集まらない」「同じような意見ばかりになる」という現象の側面から語られることが多い。ただ、その手前に、制度の設計そのものに起因する「出しにくさ」があることは、あまり正面から論じられてこなかったように認識している。
そもそも、パブリックコメントでは他の人の意見を見ることができない。自分の意見が誰かの意見とどう重なり、どう違うのかを知る手がかりのないまま、行政に向けて一方向に意見を投げ込む形式である。意見と意見が出会わないのだから、そこから議論が立ち上がりようもない。
応答も遅い。提出してから「ご意見の概要と市の考え方」が公表されるまで、ふつう数か月かかる。自分の意見がどう受け止められたのかが分かる頃には、関心そのものが薄れている、ということが普通に起きる。
資料のあり方にも課題がある。意見募集の対象として、計画案のPDFがそのまま貼り付けられているだけ、というケースは珍しくない。数十ページの計画案を通読し、論点を自力で抽出して意見を組み立てる作業を、市民の側に暗黙に求めていることになる。読みにくく、だから意見を「出しにくい」。
加えて、パブリックコメントそのもののルールが十分に整備されていない自治体や、実施中の案件がウェブサイト上で一覧できる形になっていない自治体も、実は少なくない。制度の入口にたどり着くこと自体が、簡単ではないのである。
2. より深刻なのは「タイミング」の問題である
もっとも、仮に投稿のしやすさが改善されたとしても、それだけでは足りない。より根深いのは、パブリックコメントを実施するタイミングの問題である。
パブリックコメントの多くは、年度の最終盤に実施される。その時点で、計画案は庁内調整を終え、財政部門との協議を経て、正副議長への説明といった議会側への手続きも済んでいることが通例である。案は、組織としてすでに固まっている。
この段階で、修正を要する意見が市民から出てきたらどうなるか。庁内の再調整、関係部署との再協議、場合によっては議会への再説明が必要になる。年度末に向けたスケジュールのなかに、その調整コストを受け止める余白は、実態としてほとんど残っていない。行政に聴く意思がないのではない。聴いても反映しようがないタイミングで聴く構造になっているのである。
だから、パブリックコメントの形骸化は、市民の無関心の帰結である前に、「反映できる時期に聴いていない」という制度配置の帰結である。ここを整理しないまま、広報の強化や様式の工夫で参加を増やそうとしても、核心には届かない。
【図1 従来のパブリックコメント中心の意見聴取が抱える構造的課題】

3. プロセスを早い段階から開く、ということ
では、どうするか。弊社が一貫して重要だと考えているのは、政策形成プロセスをより早い段階から開くことである。案が固まってから意見を求めるのではなく、検討している段階の「問い」そのものを市民と共有する。検討の材料になる情報を公開する。政策がつくられていくプロセスの包摂性と透明性を、早い段階から高めていく。
早くから開けば、まず、集めた声を反映する余地が残る。「聴いたが反映できなかった」という応答の不在は、参加への不信を静かに蓄積させていく。反映の余地があるうちに聴くことは、参加の経験を意味のあるものにするための、最低限の条件だと言ってよい。
行政の側にも効用がある。検討の早い段階で市民の声に触れれば、その施策にどのような論点があり、どのような反論が想定されるのかを、庁内や議会に説明へ向かう前につかんでおくことができる。早期の意見聴取は「手間が増える」営みではなく、後工程の手戻りと調整コストを抑えるための投資として位置づけ直せるはずだ。
その前提には、より大きな構造変化がある。以前の拙稿「自治体はいつまで『答えを持っている存在』であるのか」でも述べたとおり、人口減少のなかで行政のリソースは広がっていかない。むしろ縮小せざるを得ない。一方で住民の行政ニーズは多様化を続けており、誰もが最初から納得する取り組みは、もはや望みにくくなっている。
変わっていくのは、政策の入口だけではない。出口も多様化している。検討の成果が社会に出ていく形は、行政が自ら実施する事業に限られなくなった。官民連携の事業もあれば、市民や民間による自主的なプロジェクトを行政が支える形もある。そして、いずれの出口にも、予算や人員といった行政のリソースが投入されていく。誰と、どのような形で事業を担うのか。この判断が増えるほど、判断に至るまでのプロセスが誰にどう開かれていたのかが問われることになる。出口が多様化するからこそ、プロセスの透明性と包摂性は、リソース配分の正統性を支える基盤にもなるのである。
だとすれば、あるテーマについて中立の立場にある人々、反対する人々に対しても積極的に働きかけ、対話を重ね、彼ら彼女らが求めているものを言葉にし、認識を共有し、互いの意識の変容を促していく。この営みなしに、納得解は醸成できない。そしてそれは、一度きりの手続き、つまりパブリックコメント単体で成り立つものではない。だからこそ、政策形成プロセスを早い段階から開き、包摂性と透明性を高めていくことが大事になるのである。
【図2 早い段階から開く政策形成プロセスの姿】

4. 豊岡市における二つの実践
この考え方を形にした事例として、豊岡市が「シビックとよおか」(弊社が提供するLiqlidを基盤とする、豊岡市の市民参加型合意形成プラットフォーム)上で実施した二つの取り組みを紹介したい。

一つ目は、宿泊税の検討に関する意見募集である。豊岡市は、観光振興の自主財源として宿泊税の導入を検討している段階、すなわち制度の詳細を固める前、決定事項が何もない段階で、庁内で検討しているテーマそのものをオープンにし、「豊岡市で宿泊税を導入することについて、どう思われるか」を市民に問いかけた。検討の経緯と現在地を資料として公開したうえで、賛成も反対も「よくわからない」も同じように受け止めることを明示して意見を募っている。まだ何も決まっていないからこそ、集まった声が制度設計そのものに影響しうる。検討の最初期からプロセスを開いた実践である。
二つ目は、水道料金・下水道使用料の見直しに関する意見募集である。豊岡市では、今年3月末に公営企業審議会から「下水道の基本使用料を見直すべき」とする答申が出された。市はこの答申について、議会に条例改正を提案する前の段階で、Liqlidの「資料ビジュアライズ機能」を用いて答申の内容を視認性の高い資料に再構成し、シビックとよおかを通じて市民から広く意見を聞いていた。
答申の結論、見直しの理由、新旧の料金表、今後の流れまでをスクロールしながら読み進められる情報提供は、「計画案のPDFがそのまま貼られている」という通例とは対照的である。
【図3 左側がシビックとよおか内での情報提供、右側が実際にシビックとよおかに寄せられた投稿】

この二つ目の事例について、もう少し踏み込んでおきたい。使用料の値上げという主題である以上、従来型のパブリックコメントとして実施していれば、おそらく強い反対の意思を示す意見が大多数を占めていただろう。念のため書き添えるが、反対の意見が出ること自体は何も悪いことではない。問題は、強い意見だけが可視化され、それ以外の多様な論点、たとえば負担のあり方への疑問、経営効率化への注文、情報発信への要望といった声が、場に現れないまま終わることである。
「シビックとよおか」での実践では、情報提供を見やすくし、投稿のハードルを下げたことで、より多様な論点を含む投稿が見られるようになった。普段は声を発しないサイレントマジョリティへのリーチにもなっているだろう。政策形成過程の最終盤ではなく中盤で多様な論点を受け取れることは、政策に厚みを加えるだけでなく、市が進めようとしている方向性と異なる意見を持つ人々の声を、政策の中に取り込める可能性を高める。この過程こそが、政策形成過程の包摂性と透明性を高めていく。
5. これからの展望
言うまでもなく、早い段階からプロセスを開くことは、行政にとって「まだ固まっていないものを見せる」ことを意味し、庁内には心理的な抵抗が伴う。検討中の情報を公開することへの慎重論には一定の合理性があり、何をどこまで開くかの線引きは、テーマごとに丁寧に設計される必要がある。また、早期に聴いた声がその後の検討にどう反映されたのかを追跡できる形にしなければ、「早く聴くだけ」の新たな形骸化を招きかねない。
それでも、私たちが目指すべき方向ははっきりしていると言えるのではないだろうか。もちろん、パブリックコメントを廃止せよ、という話ではない。
最終盤の手続きとしてのパブリックコメントの手前に、問いを共有し、情報を開き、対話を重ねる段階を置くこと。政策サイクルのどの段階に、どのような深さの参加を置くかという配置の設計こそが、意見聴取の形骸化を超えていくための要諦である。
弊社は、市民と行政のコミュニケーション・エージェントとして、この配置の設計を、思いを同じくする自治体の皆さんとともに進めていきたい。
主な参照情報
シビックとよおか「豊岡市で『宿泊税』を導入することについて、市民の皆様のご意見をお聞かせください!」
https://toyooka-city.liqlid.jp/space-toyo-kankouseisakuシビックとよおか「豊岡市の水道料金・下水道使用料はどうなるの?」
https://toyooka-city.liqlid.jp/spacewpcloe0iLisearch「市民参加の結果は、どれだけ早く返ってくるべきか」
https://liquitous.com/lisearch/article/26072002
(文責:株式会社Liquitous 代表取締役CEO 栗本 拓幸)
注:本稿は、公開情報に基づき筆者の所感を示すものであり、本稿内で取り上げた自治体を代表する意見ではありません。