イタリア内陸地域国家戦略(SNAI)にみる市民参加の制度設計
参加を「交付の条件」とする制度は成立するか
日本の地域政策(地域版総合戦略や、ひいては自治体における総合計画)の形成過程において、市民参加の経路が用意されていないわけではない。計画策定に際しての意見公募手続(パブリックコメント)、審議会への諮問、住民ワークショップの開催など、参加の機会はむしろ着実に整備されてきた。
しかし、これらはいずれも策定過程の適正さを担保するための手続きであって、参加の有無やその内容が、資金の配分や計画の効力を左右する構造にはなっていない。参加は手続きとして保障されている一方で、制度の帰結には接続されていない。ここに、日本における市民参加の制度上の特徴がある。
これに対して、参加を資金交付の前提条件として制度化した国家政策がある。イタリアの内陸地域国家戦略(SNAI:Strategia Nazionale per le Aree Interne)である。本稿では、SNAIの概要を確認したうえで、その参加の制度設計を三つの特質に整理し、効果検証の結果と限界を踏まえて、日本の過疎対策への含意を検討したい。
1. サービスへの「距離」による対象定義
SNAIは2013年、当時の地域結束大臣ファブリツィオ・バルカのもとで立案された。バルカが2009年に欧州委員会への報告書で提唱した場所基盤型(place-based)アプローチ、すなわち外部から標準化された処方箋を適用するのではなく、地域の文脈に即して関係主体の知識を動員するという政策思想を、自国の周縁地域に適用したものと位置づけられる。
まず特徴的なのは、対象地域の定義方法である。日本の過疎法(過疎地域の持続的 発展の支援に関する特別措置法)が人口減少率と財政力という衰退の「結果」を示す指標で対象市町村を指定するのに対し、SNAIは基礎サービスへのアクセスで定義する。具体的には、高校の全課程が揃い、救急対応(DEA)を備えた病院があり、一定水準の鉄道駅を持つ自治体を「拠点」と定め、拠点への所要時間により全国約8,000の自治体を分類する。おおむね20〜40分を「中間」、40〜75分を「周辺」、75分超を「超周辺」と類型化し、この3類型(国土の約6割、自治体数の約半分、人口の2割強)を「内陸地域」として政策対象に据えた。市民が本来享受すべきサービスへの距離が、そのまま支援の根拠となる構成である。

対象は、2014年からの第1期で72地域(約1,060自治体・約200万人)、第2期(2021-27年)では124地域・1,904自治体・約457万人に及ぶ。財源としては、第1期に国費とEU構造基金を合わせて約11.8億ユーロが計上され、第2期では新規地域1地域あたり400万ユーロの国費措置に加え、復興・強靱化計画(PNRR)関連の資金が投入されている。
2. 参加の制度設計 - 三つの特質
SNAIにおける参加の制度設計は、次の三点に整理できる。

第一に、参加の「条件性」である。対象地域に選定された自治体は、まず近隣自治体と連合を形成することを求められる(単独では参加できない)。そのうえで、地域の課題と資源を洗い出す「スカウティング」、学校長・家庭医・農業者・事業者らを交えたフォーカスグループ、住民ワークショップを経て戦略草案を作成し、テーマ別作業部会で介入策と成果指標を書き込んだ「地域戦略」へと仕上げる。co-progettazione(共同設計)と呼ばれるこの工程を完了しない地域には、資金が配分されない。参加は推奨事項ではなく、交付の要件となっている。
第二に、参加の成果物への拘束力の付与である。共同設計の成果物である地域戦略は、最終的に国・州・自治体連合の三者が署名する枠組協定(APQ)に変換される。APQは介入策、財源、工程、期待される成果を明記し、国の省庁をも拘束する法的合意である。フォーカスグループで提起された論点が成果指標を伴う介入策となり、協定文書の一部となる。参加の結果が計画に反映されるか否かが行政の裁量に委ねられる構造と、参加の成果物が協定として固定される構造とでは、参加者に対する誘因がまったく異なる。
第三に、国家による伴走である。関係省庁を横断する内陸地域国家委員会のチームが、スカウティングの段階から現地に入り、提出された計画を審査する側ではなく、地域とともに戦略を書く側として関与する。最初の試行地域となったマルケ州アッペンニーノ・バッソ・ペザレーゼ・エ・アンコネターノや、カンパニア州の25自治体連合アルタ・イルピニアにおいても、国の担当官が戦略文書の成立まで地域に伴走した。参加手法が全国一律に標準化されず、地域の文脈に応じて調整される点も含め、小規模自治体の計画能力の格差を国家が補完する仕組みと解することができる。
以前の拙稿で、自治体はいつまで「答えを持っている存在」であり続けるのか、と論じたことがある。
SNAIにおいて同じ問いを向けられているのは、自治体ではなく国家である。過疎への対応は、地域ごとに人口構成も産業も資源も異なる以上、あらかじめ定まった正解を持たない。まさに「厄介な問題」である。それにもかかわらず、国はこれまで、全国一律の制度やメニューを用意し、地方が提出する計画の適否を審査するという形で関与することが常であった。SNAIは、この関与の形を転換した。国が正解を用意する側から降り、地域とともに答えを探す側に回る。しかもそれを担当者個人の心がけに委ねるのではなく、スカウティングから協定締結に至る一連の工程として定式化し、10年間運用してきた。SNAIの特異性は、この点にあると言っても過言ではないだろう。
3. 効果検証が示すもの、そして限界
効果についてはどうか。Monturanoら(2023)による差分の差分法を用いた検証では、対象自治体における事業所数の統計的に有意な増加が確認された一方、人口動態や65歳以上人口比率への効果は検出されていない。経済活動の面では変化の端緒が見られるものの、人口動態の反転にはなお時間を要する、というのが現時点での妥当な評価であろう。
限界も明らかになりつつある。第一に、時間コストである。丁寧な共同設計は数年単位の時間を要し、最初の72地域すべてでAPQの締結が完了したのは開始から8年後の2022年であった。人口数百人規模の自治体にとってはこの工程自体が重い事務負担であり、外部コンサルタントへの依存も指摘されてきた。第二に、参加の質の地域差である。戦略策定の主体は市長たちの連合であり、住民参加の広がりは市長のリーダーシップと、市長・職員間の信頼、すなわち関係資本に大きく左右される。制度は文書として移転しうるが、関係資本を移転することはできない。第三に、成果指標の限界である。約70項目に及ぶ指標グリッドに対しては、自治体単位で定義できない指標の存在や、文化資源の価値が観光客数のような代理変数でしか捕捉されないことへの批判が提起されている。
先だって、民主主義の「維持コスト」について論じた。参加を制度の前提条件に据えるということは、この維持コストを恒常的に負担し続けると宣言することにほかならない。イタリアは、そのコストの一部を国の伴走チームという形で国家が引き受けてきた。2025年には、10年余りの「実験」を恒久政策へ転換する国家戦略計画(PSNAI)が策定され、優先分野を教育・交通・医療に絞るとともに、策定過程では政府の参加プラットフォーム「ParteciPa」によるオンライン意見募集が実施された。

https://partecipa.gov.it/processes/piano-strategico-nazionale-aree-interne
国レベルの計画策定にも参加の経路を組み込む判断であり、参加の維持コストを個人の献身ではなく制度と基盤によって引き受けようとする方向性が読み取れる。
4. 日本への含意
SNAIと日本の過疎対策を比較したとき、際立つのは個別施策の違いではなく制度の骨格の違いである。対象の定義(結果指標かアクセス指標か)、参加の位置づけ(手続きか要件か)、参加の成果物の行方(裁量的反映か協定への接続か)、広域連携の位置づけ(任意か前提か)。この骨格の違いを無視して施策のみを移植しても、機能しないと考えるべきである。関係資本が移転できない以上、このことは制度を輸入する側にも等しく当てはまる。

それでもなお、検討に値する問いは残る。参加を要件とし、参加の成果物に拘束力を持たせるという設計を、現行の日本の制度(過疎地域持続的発展計画、地方版総合戦略、あるいは個別の交付金制度)に、どのような形で組み込みうるか。直ちに答えの出る問いではないが、たとえば計画策定における住民参加の質を交付要件や評価項目に位置づけること、参加の成果物と計画・予算との対応関係を文書上明示することなど、部分的な導入の余地は検討されてよい。
また、ParteciPaの事例は、数年単位の共同設計を対面の会議のみで支え続けることの限界と、それを常設のデジタル参加基盤で補完するという選択肢を示している。この点は、弊社が国内で自治体の皆さんとともに取り組んでいる方向と重なるものであり、示唆するところが大きい。
最後に留保を付しておきたい。本稿で示した参加の制度設計が現場でどのように機能しているか。つまり、「参加しなければ資金が配分されない」という条件性は市長や住民の行動を実際に変えたのか、フォーカスグループでの発言を協定文書へ変換する実務は誰が担ったのか、といった点は、公開文献からは十分に確認できず、この点は本稿の限界である。とはいえ、参加を要件とし、その成果物に拘束力を与える制度が10年間運用され、恒久化の段階に至っているという事実そのものは、日本で市民参加の制度設計を考えるうえで、十分に参照に値すると考えている。
(文責:株式会社Liquitous 代表取締役CEO 栗本 拓幸)
注:本稿は、公開情報に基づき筆者の所感を示すものです。
主な参照情報
Barca, F. (2009) An Agenda for a Reformed Cohesion Policy ( https://ec.europa.eu/regional_policy/archive/policy/future/barca_en.htm )
イタリア結束庁・結束政策局:SNAI公式ページ、PSNAI最終文書(2025)( https://politichecoesione.governo.it/media/jhld12qn/psnai_finale_30072025_clean_ministro.pdf )
OECD "National Strategy for Inner Areas (SNAI) In a nutshell" ( https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/about/projects/cfe/shrinking-smartly-and-sustainably--compendium-of-good-practices-/multi-level-governance-and-finance/ITALY-National-Strategy-for-Inner-Areas.pdf )
Agriregionieuropa「Effetti della co-progettazione degli interventi nella SNAI」( https://agriregionieuropa.univpm.it/it/content/article/31/56/effetti-della-co-progettazione-degli-interventi-nella-strategia-nazionale-aree )
Monturano, Resce & Ventura(2023, SSRN)( https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4575900 )
MDPI Sustainability(2021)( https://www.mdpi.com/2071-1050/13/12/6927 )
ParteciPa(partecipa.gov.it):PSNAI意見募集ページ ( https://partecipa.gov.it/processes/piano-strategico-nazionale-aree-interne )