シルバー・デジタルデモクラシー
佐世保市「させぼイス」の敬老パスをめぐる意見募集から
長崎県佐世保市は、75歳以上の市民が市内の路線バスを無料・無制限で利用できる「敬老パス」について、1人あたり年間8千円分を交通系ICカードで交付する制度へ改める案を示している。最短で2027年10月の開始を想定しており、市は9月24日から、市民参加のオンラインプラットフォーム「させぼイス」で意見の募集を始めた。させぼイスは弊社のLiqlidを基盤としている。今後は、市役所など5カ所での市民懇談会や、約1万人を対象とする郵送アンケートも予定されている(参考: 長崎新聞 )。
制度の当事者は、75歳以上の市民である。筆者は、市民参加のプロセスを設計するために、さまざまな自治体の首長や職員の方々と対話を重ねているが、その中で「高齢の方の声はオンラインでは集まらない」「高齢の方には紙や対面で」という話をよく聞く。情報通信技術を使える人と使えない人の間の格差を指す「デジタルデバイド」という言葉も、年齢と結びつけて語られることが多い。こうした前提は、実際に確かめられないまま、手法を選ぶ際の出発点に置かれていることが少なくない。
本稿では、させぼイスで意見の募集が始まってから数日間に寄せられた投稿のログをもとに、この前提がどこまで当てはまるのかを確かめてみたい。先に述べておくと、筆者がこのログから読み取ったのは、年齢というラベルでは参加のしかたは決まらない、ということである。

1. 投稿の概要 - 投稿者の約4割が65歳以上
させぼイスでは、投稿の際に生年や居住地、現在の状況(会社員・公務員、無職など)を任意で尋ねている。これらの属性は公開しておらず、本稿で年代別の参加の傾向として示す値は、弊社で集計したものである。それ以外の投稿の本文や投稿の時期、人口などの統計は、いずれも公開されている情報をもとに整理している。個々の投稿と属性を結びつけて示すことはせず、投稿者の年齢に触れるのは、投稿の本文に投稿者自身が年齢を書いている場合に限ることとする。意見の募集はまだ始まったばかりで、ここで示すのは途中の時点での傾向にとどまるが、2026年9月27日時点で、生年の回答がある投稿を年代別に分けると、次のようになる。年齢は2026年から生年を引いた値である。
年代 | 投稿に占める割合 | 投稿の文字数(中央値) |
|---|---|---|
29歳以下 | 4% | 182字 |
30〜49歳 | 27% | 159字 |
50〜64歳 | 27% | 173字 |
65〜74歳 | 29% | 115字 |
75歳以上 | 13% | 85字 |
65歳以上の投稿は、合わせて全体の約4割にあたる。生年・居住地・現在の状況の組み合わせで投稿者を数え直しても、65歳以上は約4割で、値はほとんど変わらない。
佐世保市の人口では、65歳以上が33.5%、75歳以上が16.4%を占める(2026年1月1日、住民基本台帳)。投稿者に合わせて20歳以上の人口を分母にすると、それぞれおおむね4割、2割と推計できる。65〜74歳は人口の割合と同じかそれ以上に投稿しており、75歳以上はやや少ないものの、「集まらない」と言うほどの差はないと読むことができる。当事者に近い年代ほど関心が高いという事情ももちろんあるが、関心があればオンラインでも声を寄せる、ということを示しているとも読める。
一方で、投稿が少なかったのは29歳以下の層で、20代の投稿は全体の数%にとどまった。敬老パスというテーマの性格もあるが、少なくともこのテーマについて、オンラインでの参加が少なかったのは若い世代の側であった。「デジタルに強い若者、弱い高齢者」という見方は、参加という面では今回のログと合っていない。
出典:佐世保市の人口ピラミッド 2026年(住民基本台帳ベース)
2. 「高齢者」という括りの中の幅 - 一行の投稿と580字の提案
数の上で参加していることに加えて、注目したいのは投稿のしかたの幅である。集計すると、75歳以上の投稿は比較的短く、文字数の中央値は85字であった。一方で、本文の中で自ら年齢を明かしている投稿を読むと、書き方は一様ではない。「75歳になるのを待ちわびている73歳です」と、制度の対象となる手前の立場から書き出す投稿もあれば、「私は78歳、月に1回は利用します」と、自身の利用の頻度を示した上で意見を述べる投稿もある。いずれも、自分がどの立場から書いているのかを明らかにした上で、意見を寄せている。
分量のある投稿もある。「私は74歳で免許があるので車を所有していますが現在は免許返納を予定しています」で始まる投稿は580字ほどで、自身の移動の事情を示した上で、負担の方法、年齢の確認の手段、バス路線のない地域への対応など、複数の論点について具体的な金額を挙げながら考えを述べている。
こうした投稿の背景として、この年代の職業経験にも触れておきたい。今の60代後半から70代は、職場にパソコンが広がった1990年代半ばに30代から40代であり、現役時代の後半をパソコンとともに働いてきた世代である。表計算やメールで仕事をしてきた人にとって、ウェブサイトの入力欄に意見を書くことは特別な行為ではない。退職して「無職」と回答しているからといって、その経験が消えるわけでもない。65歳以上という年齢だけを理由に、デジタルデバイドという足枷を勝手にはめてしまうことには、無理があると筆者は感じている。
一行で思いを書く人も、制度の設計に踏み込んだ提案を書く人も、同じ「高齢者」という括りに入る。参加のしかたの違いは、年代どうしの間だけでなく、同じ年代の中にも大きく存在していると整理できる。
3. 代わりに書くという参加 - 子の世代が親の声を届ける
投稿の中には、本人ではなく家族が書いたものもある。30〜64歳の投稿のおよそ2割が、父や母のことに触れていた。ある投稿は、75歳を過ぎた親と敬老パスについて話した内容を、親の言葉を引きながら書いている。同じ投稿には、親の運転や免許の返納をめぐる、子の立場からの考えも書かれている。
ここでは、親の言葉を子が聞き取り、それを自分の関心と重ねて投稿している。参加を「本人が自分で入力すること」とだけ捉えると、こうした声は高齢の方の参加として数えられない。家族の会話を経て、子の世代の手で届けられる声も、参加の一つの経路として位置づけてよい。対面の懇談会に家族と足を運ぶ人がいるのと同じように、オンラインにも家族を介した参加の形がある。
ただ、代わりに書かれた声には、書き手の解釈が入る。この投稿でも、親の言葉と子自身の考えが一つの投稿の中に重なっており、どこまでが親の声なのかを読み手が切り分けることは難しい。家族を介した参加を認めつつ、本人が直接語れる経路も用意しておく必要がある。
4. 初日の後も続く参加 - 投稿の時期と回数
投稿の時期にも、年代による特徴が見られる。募集初日の投稿では、65歳以上の割合は約3分の1であったが、2日目以降の投稿では5割程度まで上がる。同じ方によるものとみられる多数の投稿を除いても、4割台半ばである。2日目以降に投稿した投稿者を数えても、およそ半数が65歳以上であった。周知が一斉に届いた初日の後も、65歳以上の市民の参加は続いている。初日に反応した層と、その後に情報を得た層が異なる可能性もあるが、その理由はこのデータからは分からない。
投稿の回数については、複数回投稿した投稿者の割合が、65歳以上と65歳未満のいずれも約2割で、差は見られない。一度投稿して終わるのではなく、再び訪れて書き加えるという関わり方は、年代を問わず同じ程度に見られる。
時間帯は、どちらの年代も日中(9時台から17時台)の投稿が7割前後を占める。65歳未満は夜(18時台から23時台)の割合がやや高く、65歳以上は早朝(8時台まで)にも投稿が見られる。生活の時間の違いはあるものの、オンラインの経路は、いずれの時間帯にも使われている。
5. 属性ではなく個人に合わせる - 参加手法の「個別最適化」
ここまでの投稿を踏まえると、デジタルデバイドという言葉の使われ方そのものにも目を向ける必要がある。市民参加の設計で「高齢の方はデジタルが苦手だから」という前提を置くと、高齢の方には最初から紙や対面の経路だけが案内され、オンラインの入口が示されなくなる。対面の機会は日時と場所が限られ、郵送のアンケートは届いた人しか答えられない。配慮のつもりで選んだ経路が、結果として高齢の方が声を寄せられる機会を狭めていることがある。高齢の方自身が「自分はネットはよく分からないから」と考え、参加を控えることもありうる。デジタルデバイドという言葉を前提に経路を決めることが、かえって高齢の方の参加を阻んでいる面もあると、筆者は考えている。
この前提は、行政の側だけでなく、市民の間にも共有されている。させぼイスへのある投稿は、「こういった掲示板を知らずに声をあげられていないであろう高齢者も多いはずです」と書いている。周知が届いていない人への配慮として大切な指摘であるが、実際には、させぼイスには65歳以上の市民からも多くの投稿が寄せられていた。高齢の方の参加を心配する気持ちが、高齢の方はオンラインにはいない、という見方と結びつきやすいことを示している。
必要なのは、年齢や性別といった属性に応じて経路を割り振ることではなく、一人ひとりが自分に合った経路を選べる状態をつくることである。教育の分野では、子ども一人ひとりの特性や学習の進み具合に応じた「個別最適な学び」が掲げられている。市民参加にも同じ考え方を当てはめることができる。対面で話すほうが考えをまとめやすい人もいれば、自宅で時間をかけて文章を書くほうがよい人もいる。家族に託す人もいる。その違いは年代の違いとは一致しない。
佐世保市が、させぼイスと市民懇談会、郵送アンケートを組み合わせているのは、この意味で理にかなっている。大事なのは、それぞれの経路を「高齢者向け」「若者向け」と宛先を決めて案内するのではなく、すべての市民にすべての経路を示すことである。
この個別最適化を支える基盤の一つとして、オンラインのプラットフォームには固有の役割がある。今回のログでは、75歳以上の投稿が朝5時台から夜23時台まで散らばっていた。懇談会の日時に合わせる必要はなく、一文でも、580字でも書け、他の人の投稿を読んで応じることもできる。家族が代わりに入力することもできる。入力の時間、分量、関わり方を本人が決められるという点で、オンラインはどの世代にとっても参加の道具になりうる。
6. 留保 - オンラインに現れた人だけのデータである
ここまでの議論には、いくつかの限界がある。最も大きいのは、このログにはオンラインで投稿した人しか現れないという点である。投稿しなかった高齢の方がどれだけいて、その理由が何であったのかは、このデータからは分からない。「高齢の方はみなデジタルを使える」とまでは言えず、言えるのは、年齢でひとまとめにしてオンラインの参加を当てにしないという前提が実態と合っていない、というところまでである。身体的な理由や端末の有無など、オンラインでの参加が難しい人はどの年代にもいる。
データそのものにも注意が必要である。生年は自己申告で、一部の投稿には回答がない。対象は募集開始から数日間の投稿で、その多くは初日の午後に集中している。意見の募集は続いており、今後の投稿によって割合が変わることもありうる。周知の届き方によって、投稿者の顔ぶれが変わっている可能性もある。市民懇談会や郵送アンケートの結果と突き合わせて、経路ごとにどのような人が参加したのかを確かめることは、今後の課題としたい。
7. 結び
こうした留保を踏まえても、年齢というラベルで参加のしかたを決めてしまう前提は、見直すべきだと筆者は考えている。させぼイスに寄せられた投稿は、65歳以上の市民が、当事者としても、制度を考える一人の市民としても、オンラインで声を寄せていることを示していた。その声は一行の思いから具体的な制度設計の提案まで幅があり、家族を通じて届けられたものもある。
「シルバー・デジタルデモクラシー」という言葉で筆者が考えたいのは、高齢の方だけを対象にした特別な仕組みのことではなく、年齢に関わらず、一人ひとりが自分に合った経路で参加できる状態のことである。オンラインのプラットフォームはその基盤の一つとして、どの世代に対しても開かれているべきだと考えている。そのためには、設計する側が、デジタルデバイドという言葉を高齢の方に当てはめる前に、実際に誰がどの経路で参加しているのかを確かめることから始めたい。