Lisearch

2026/6/15

「問い」から始めるEBPM

市民の声を政策に活かし続けるために

集めた声は、その後どこへ向かうのか

自治体の現場では、計画を策定するたびにアンケートを実施し、広聴の窓口には日々たくさんの声が寄せられています。パブリックコメント、市長への手紙、各課が独自に行う意識調査、SNSへの投稿。市民の声を聞く機会は、むしろ増え続けていると言ってよいでしょう。

ところが、その声がどこまで政策の改善や次の意思決定に活かされているかと問われると、胸を張って答えるのは難しいのではないでしょうか。せっかく集めた声が課ごとのファイルやシステムに散らばったまま眠ってしまい、計画が変わるころには参照されなくなる。受け付けて終わり、という状態に心当たりのある職員の方は少なくないはずです。

この「もったいなさ」を解消する手がかりが、近年広がっているEBPM、つまりエビデンスに基づく政策形成の考え方にあります。

英米の財政当局が実践してきたこと

財務省の財務総合政策研究所の小林庸平氏が執筆した資料「英米の財政部局によるEBPMへのかかわり方」においては、イギリスとアメリカでEBPMがどう根づいてきたかを丁寧に整理しています。

資料PDF
財務総合政策研究所 セミナー資料
www.mof.go.jp

そこで強調されているのは、両国ともに財政当局がEBPMのメインプレイヤーになっているという事実です。イギリスでは財務省と内閣府が、アメリカでは行政管理予算局が中心となり、予算編成や業績管理の仕組みとEBPMを一体で運用しています。お金の使い道を決めるプロセスと、何が効いているのかを確かめるプロセスを切り離さない、という発想です。

その中核に置かれているのが、ラーニングアジェンダと呼ばれる考え方です。これは、政策立案のうえで優先的に明らかにすべき「問い」をあらかじめ定め、その問いに答えるためのデータや評価を計画的に積み上げていく、おおむね四年以上の周期をもった中期的な計画です。アメリカではエビデンス法によって、各省庁にこの策定が義務づけられているほど重視されています。日々の細かな計画に落とし込んだものは年次評価計画と呼ばれ、ラーニングアジェンダと連動して動きます。

ここで肝心なのは順番です。まず、政策を進めるうえで何を知りたいのかという問いを、現場や担当課との対話を通じて明確にします。これがエビデンスの需要にあたります。一方で、すでに分かっていることがエビデンスの供給です。その差、つまりまだ分かっていない部分こそがエビデンスのギャップであり、そこを将来に向かって埋めていく計画を立てる。これがラーニングアジェンダの骨格です。問いがあるからこそ、集めるべき情報が定まり、集めた情報が意味を持ちます。

ただし英米では、この問いの設定も、その後の評価も、評価専門官や評価タスクフォースといった行政の内部、いわば専門家の手のなかで進められてきました。市民は調査の対象ではあっても、問いそのものをともに考える当事者としては、必ずしも想定されていません。

評価は、弱い施策への支出を防ぐためにある

評価と聞くと、事業を採点して終わりという印象を持たれるかもしれません。けれども報告で紹介されている事例は、評価のもう一つの意味を教えてくれます。アメリカで大きな効果が確認された、低所得の若年妊婦への看護師による家庭訪問プログラムを、イギリスでも検証したところ、すでに通常のケアが行き届いていたために上乗せの効果は限定的でした。一見残念な結果に見えますが、これによって効果の弱い施策に予算を投じることを未然に防げたわけです。何が効いて何が効かないのかを確かめることは、限られた財源を本当に必要なところへ振り向けるための判断材料になります。

Liqlidを基盤とする四つのステップ

私たちのLiqlidは、この問いを行政の内部にとどめず、市民とともに分かち合うところから出発します。市民を調査の対象としてではなく、問いを一緒に考える相手として迎え入れる。そうすると、寄せられる声は単なる感想ではなく、行政が本当に知りたい問いへの応答になっていきます。具体的には四つのステップで、市民の声を政策の資産へと育てていきます。

第一に、問いを立てます。Liqlidの上で、市民から何を知りたいのかを問いとして設定して公開し、新たな市民意見を募ります。このとき設定する問いは、別途定めるラーニングアジェンダに含まれる問いと一致させ、あるいは関連づけておきます。行政が明らかにしたい問いと、市民が自分ごととして考えたい問いを、同じ一つの問いに重ね合わせるところに、これまでの広聴との違いがあります。

第二に、声を集約します。庁内の各課が計画策定などのために実施したアンケート結果や、広聴部門が保有してきた広聴データを、Liqlidにインポートして一元化します。部署ごとに分かれていた声を一つの場所に集めるということです。

第三に、問いから引き出します。募集した意見、各課のアンケート、広聴データといった出所の異なる声を横断し、特定の問いに関連する市民の声を統合的に取り出せる状態をつくります。

第四に、事業と突合します。事務事業の一覧と蓄積してきた市民の声を照らし合わせ、どの事業に、どんな声が、いつ、どれだけ紐づいているのかを把握します。

施策の「波及」を複数年度で可視化する

この四つのうち、毎年度くり返すのは、新たな意見の募集と、各課アンケートや広聴データのインポートです。声は年を追うごとにLiqlidの中へ積み上がっていきます。

そのうえで、事業との突合は毎年度ではなく、複数年度ごとに行うのが大切な点です。ある年度の施策への反応は、その年のうちに出そろうとは限りません。当年度に寄せられる声もあれば、翌年度やそれ以降に表れてくる声もあります。t年度に実施した施策について、t年度の声、翌年度の声、その先の声というように時間の幅をもって観測すれば、その施策が市民の暮らしへどのように波及していったのかを、時系列の変化として追跡できます。これは、英米のラーニングアジェンダが数年単位でエビデンスを積み上げていく発想と重なります。

そして突合から得られた気づきは、次の問いの設定へと反映されます。明らかになったことと、まだ分からないこと。その差分こそが、来年度に立てるべき新たな問いになります。問いから始まり問いに戻る循環が回り続けることで、市民の声は年輪のように厚みを増していきます。

アウトカム評価は、アウトカム評価として

ここで一つ、混同してはいけないことがあります。アンケートで満足度や認知度を尋ねるような把握と、施策が実際にどのような成果を生んだのかを確かめるアウトカム評価は、別の作業だということです。市民の声をどれだけ集めても、それだけで政策の効果が証明されるわけではありません。何がどれだけ効いたのかを見極めるには、対照群との比較なども含めた専門的な手法による効果検証が欠かせません。先に触れた家庭訪問プログラムの検証も、まさにそうした厳密なアウトカム評価でした。アウトプットの量や反応をもって成果が出たと早合点しないことが、EBPMの出発点でもあります。

Liqlidが担うのは、この評価に置き換わる役割ではありません。問いを市民と共有し、その問いに関連する声を継続的に蓄積し、どの事業にどんな反応が紐づいたのかを見えるようにすること。ここがLiqlidの役割です。アウトカム評価はアウトカム評価として、Liqlidとは切り分け、必要な手法できちんと進める。そのうえで、市民の声という別の角度からの手がかりを重ねていく。二つは競合するものではなく、補い合う関係にあります。

広聴を「受け付けて終わり」から「答える資産」へ

英米の財政当局が示してきたのは、評価やエビデンスを意思決定の仕組みそのものに組み込むという姿勢でした。ただ、その営みの多くは行政や専門家の内部で完結しています。私たちがめざすのは、問いを立てる段階から市民を招き入れ、市民の声という地域に固有のエビデンスを意思決定に活かしていくことです。寄せられた声を受け付けて終わりにするのではなく、政策の問いに答えるための資産として蓄え、事業の見直しや優先順位づけにいつでも活用できる状態をつくることが大切です。

専門の分析部署がなくても、まずは一つの問いを立て、手元の広聴データを一か所に集めるところから始められます。市民の声を一過性のイベントで終わらせず、まちづくりの判断を支え続ける財産にしていく。新しいEBPMの形を模索していきたいと考えています。

Author

この記事の執筆者

栗本 拓幸

代表取締役CEO

2020年にLiquitousを設立、現在は国内外100以上の官公庁・自治体等と連携。市民と行政が共創するプロセスの構想・企画設計・実施を強みとし、一貫して現場マネジメントに従事。 総務省 経営財務マネジメント強化事業アドバイザー、大阪府 合意形成研究会構成員、ハーバード大・デジタル市民参画 MooC アドバイザー