Lisearch

2026/6/14

「デモクラシー・イノベーションプレナー」という担い手

技術でも制度でもなく、現場で「実装」する人の話

「市民参加や住民との対話を、もっと実のあるものにしたい」

そう考える自治体は、年々増えている。デジタルの道具(例えば、弊社のオンラインプラットフォームLiqlid)も、次々に登場した。

ここでいう「実のあるもの」とは、何だろうか。
一度だけアンケートに答えてもらう、説明会に足を運んでもらう。そうした「参加」も、もちろん大切だ。
けれど本当に目指したいのは、市民が計画づくりや政策決定のプロセスに継続的に関わり、いわば「つくる側」に回っていくこと。つまり、対話を実のあるものにすることとは、持続可能な形で、継続的な参画を実現することだと考えている。

ただ、自治体の皆さんと一緒に現場で6年以上取り組んできて私が痛感しているのは、とてもシンプルなことだ。良い道具が「ある」だけでも、立派な制度や計画が「ある」だけでも、市民の参画はうまく回らない。道具と制度を現場でかみ合わせ、日々の仕事として根づかせ、市民に対してはもちろんのこと、庁内(役所の中)でも広げていく「担い手」がいて、はじめて動き出す。

私は、その担い手を 「デモクラシー・イノベーションプレナー」(民主主義の革新を、現場で実装する人) と呼び、ひとつの役割として提案したい。

なぜ「道具がある」だけでは回らないのか

第一に、自治体が向き合う課題の多くは、もう「正解」が一つに決まらない。中心市街地の再生、窓口の開け方、人口減少のなかでのインフラ維持、福祉の見直し。立場や価値観が違えば、望ましい答えも変わる。こうした課題は、もともと「厄介な問題(wicked problems)」と呼ばれてきた。

それにもかかわらず、「行政が最初から正解を持っている」という前提のまま、ほかは何も変えずにオンラインプラットフォームだけを入れても、たいてい空回りする。道具が悪いのではなく、課題のとらえ方(スタンス)の問題だ。裏を返せば、本当に効いてくるのは、道具そのものよりも、その難しさを引き受けて現場で回し切る「担い手の実践」のほうである。

第二に、「聞く」だけの道具でも足りない。たとえばアンケートは便利だが万能ではなく、集まった声に行政がきちんと返し、合意づくりにつなげる段取りがなければ、「聞いた」で終わってしまう。声を集める箱があることと、声がきちんと政策に反映されることの間には、深い溝がある。

第三に、道具は決して中立ではない。画面の作りや見せ方ひとつにも、作り手の価値観が入り込む。だからこそ、「何を大事にして設計しているのか」を、言葉にして見えるところに出しておく必要がある。

ひとことで言えば、考え方のない道具は空回りし、道具のない考え方は広がらない、ということだ。

では「制度や計画がある」だけで足りるのか

では、優れた制度や計画があれば足りるかというと、そうではない。海外では、市民の参画を深める仕組み(熟議の場や参加型予算など)の研究が積み重ねられてきた。けれども、そこで語られるのは「どんな仕組みが望ましいか」が中心で、「誰がそれを現場に持ち込み、続け、根づかせるのか」という担い手の話は、意外なほど手薄なままだ。

日本の現場には、固有の壁もある。単年度の予算や予算査定のなかで、せっかく芽が出た取り組みが翌年度に消えてしまう。庁内の縦割りで、横のつながりがつくれない。DXや行政改革の議論が「効率(能率)」に寄り、もう一方の「民主的であること」が後回しになりがちだ。地方自治法第1条が「民主的にして能率的」と並べた、その順番が忘れられてしまう(実際に忘れ去られているだろう)。仕組みや理念は、担う人と段取りがなければ、人事異動ひとつで簡単に消えてしまう。

だから、担い手=デモクラシー・イノベーションプレナー

道具だけでも、制度だけでも動かないのなら、要るのは両者を橋渡しする担い手だ。私はそれを、「民主主義の考え方」と「技術(プラットフォーム)」と「行政の実務」の三つをつなぎ、一回限りの参加を継続的な参画へと育て、現場に根づかせ、広げていく人だと整理している。その価値は、道具そのものよりも、考え方・技術・実務が一体になった実践の総体にある。やることは、大きく四つだ。

一つ目は、翻訳を手伝うこと。 民主主義の理想や制度を語るだけでは、現場は動かない。だから、抽象的な原則を、職員がそのまま使える進め方に落とし込む。私たちのプラットフォーム「Liqlid」は「じっくり話して、しっかり決める」を合言葉に、情報提供から、市民と行政の共創までをひと続きで支える。
ただ、この仕組みがあればいいという話ではない。例えば、Liqlidで市民に問いかける「問い」の1つをとっても、行政が用いる計画や制度の言葉と、市民の生活実感に根ざした言葉は、しばしば噛み合わない。その間を訳し、市民がその案件にどこまで・どのように関われるのかを、双方に分かる形で示すために、行政の皆さんに視点を届けることも、翻訳を手伝うという仕事である。

二つ目は、きっかけをつくること。 市民の参画は、それ単体では庁内で優先順位が上がりにくい。だからこそ、計画の改定や特命といった「窓」が開くタイミングを捉える。その入り口は、DXやスマートシティといった政策の文脈かもしれないし、中心市街地の活性化や総合計画の策定といった、個別のプロジェクトかもしれない。いずれにせよ、そうした機会に市民の参画に向けた取り組みをうまく結びつけ、最初の一歩を踏み出せる条件を整えるのも、担い手の役割だ。

三つ目は、庁内の縦割りを超える後押しをすること。 入れて終わりにせず、研修や伴走を通じて、庁内に横串を通し、職員が自分たちで回せる力を育てる。東久留米市(東京都)では、「くるりっど(東久留米市版Liqlid)」を用いたこども・若者の意見聴取として、市長部局と教育委員会が連携し、学校のタブレット端末からアクセスできるようにすることで、幅広い参加につなげた。こうした個別の取り組みを足がかりに、全庁的な活用へと段階的に広げている。ひとつの案件から全庁へと展開し、市民の参画を行政の標準的な仕事に組み込んでいくことこそ、担い手の一番の仕事である。

四つ目は、「ちゃんと反映される」を支えること。 集めた声が本当に政策に生きるよう、庁内の調整や市民意見の反映のありようをサポートする。
例えば、木更津市では、「きさらづみなトーク(木更津市版Liqlid)」を用いて実施された健康増進計画策定にあたってのアイデアでは、声が計画に反映されるだけでなく、がん検診の日程を増やすなど運用の改善にまで反映され、市議会でも投稿内容が質疑で取り上げられた。
豊岡市の「シビックとよおか(豊岡市版Liqlid)」では、開庁時間短縮や、下水道基本料金値上げなどについて、「最終的な決定の前に、幅広く聞」いているし、長岡京市「Voice NAGAOKAKYO(長岡京市版Liqlid)」では、長岡天神駅前整備や、文化ゾーン(図書館・中央公民館)リニューアルといった後戻りのできないハード整備の前に意見を聞いている。あるいは酒田市の「さかポス(酒田市版Liqlid)」では、例えば中心市街地活性化計画策定にあたって、対面とオンラインの参加経路を複線化している。いずれも、市民の参画を理想論としてではなく、「現実的な段取り」として、政策形成プロセスに埋め込み、効果的にLiqlidを活用している。

そして、これら四つを貫いて大切なのが、一回限りの参加で終わらせず、継続的な参画として根づかせることだ。
その地域・組織のこれまでの経緯や事情(コンテキスト)を理解したうえで、担当者が替わっても引き継がれ、続いていくレジリエンス(しなやかな持続力)を、組織のなかに残していく。参画が、特定の熱心な職員の頑張りに依存しているうちは、人事異動ひとつで途切れてしまう。当たり前の仕事の作法として根づき、「文化」になってはじめて、長く続いていく。

プレナーの職能と、その固有性

これら四つの動きは、ばらばらの作業ではなく、ひと続きの職能(プロフェッショナルとしての専門技能)として現場で発揮される。整理すると、デモクラシー・イノベーションプレナーの職能は、次のような力の束だ。

第一に、問いを立てる力。何が論点で、何が決まっていて、何がまだ決まっていないのか。市民に渡す前提情報をどう整えるか。漠然とした「ご意見募集」ではなく、市民が答えられる問いへと翻訳する力である。

第二に、場を設計し、回す力。対面とオンラインをどう組み合わせ、どの順番で、誰に、どのタイミングで参加してもらうか。意見を広げる段階と、まとめていく段階を、どう設計するか。

第三に、庁内を動かす力。首長・所管課・議会それぞれの立場を踏まえ、縦割りに横串を通し、職員が自分たちで続けられるよう支える、調整と伴走の力だ。

第四に、技術と考え方を翻訳する力。プラットフォームの設計に、どんな価値判断が埋め込まれているのかを自覚し、それを言葉で説明できること。

第五に、反映を見届ける力。集まった声を、計画・事業・運用のどこに、どう落とし込むか。手戻りを防ぎ、納得を積み上げていく力である。

そして、この職能には固有性・唯一性があると確信している。
いずれも、マニュアル一冊に書き出して誰かにそのまま手渡せる種類のものではない。多くの現場で年月をかけて積み上げてきた判断の蓄積であり、相手(自治体・市民・議会)との関係と、その地域固有の文脈の上にしか成り立たない。
市民の参画をめぐる難しい課題は、問題の理解と解決策が少しずつ一緒に育っていくものだから、そこまで積み上げてきた関係や文脈そのものが、担い手の力の一部になる。弁護士や建築士の仕事の価値が、書類やソフトではなく判断と経験に宿るのと同じように、デモクラシー・イノベーションプレナーの価値もまた、道具にではなく、その職能と実践の総体に宿る。だからこそ、この担い手は、容易には替えがきかない。

担い手としての自戒

いわんや、デモクラシー・イノベーションプレナーと自らを定義したとしても、民間企業が、市民の参画という自治体の土台を担う上では、強い自戒が必要である。道具は中立ではないからこそ、自分たちの「考え方」を見えるところに出し続ける。「プラットフォームさえ入れれば解決する」という思い込み(技術万能主義)にも陥らない努力は欠かせない。
だからこそ私たちは、参加人数や投稿数だけで成果を測らず、「声が反映されたか(応答性)」「いろいろな立場の人が参加できたか(包摂性・公平性)」「過程が見えるか(透明性)」を大切にし、参加の経験が次の参画を呼ぶ良い循環によって、市民の力を引き出すことを会社のミッションとして、掲げているし、積極的に学術や多様なセクターとコラボレーションを進めている。

私たちは「実装」そのものにこだわる

良い道具だけでも、立派な制度だけでも、市民の参画は前に進まない。その両方を現場でかみ合わせ、覚悟と段取りをそろえ、根づかせ、広げていく担い手がいて、はじめて市民の参画は「実装」される。その担い手こそが、デモクラシー・イノベーションプレナーだと、私は考えている。

私たちは、自治体の皆さんと一緒に、6年以上にわたってこの「実装」そのものに向き合ってきた。そうである、という自負がある。だからこそ、これからも、語ることでも、道具を売ることでもなく、「一回限りの参加を変え、継続的な参画として現場に根づかせること」、この一点に、こだわり続けたい。

考え方のない道具は空回りし、道具のない考え方は広がらない。覚悟と段取りがそろったとき、自治体ははじめて、難しい課題に「手をつけ始める」ことができる。その場に立ち会い、伴走し続ける役割を、私はデモクラシー・イノベーションプレナーとして引き受けていく。

同じ思いを持つ自治体・実践者・研究者の皆さんと、この実装を、一歩ずつ前に進めていきたい。

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この記事の執筆者

栗本 拓幸

代表取締役CEO

2020年にLiquitousを設立、現在は国内外100以上の官公庁・自治体等と連携。市民と行政が共創するプロセスの構想・企画設計・実施を強みとし、一貫して現場マネジメントに従事。 総務省 経営財務マネジメント強化事業アドバイザー、大阪府 合意形成研究会構成員、ハーバード大・デジタル市民参画 MooC アドバイザー