書評
【書評】さまざまなコミュニティで力を発揮する「知識」
知識創造企業 [著] 野中郁次郎、竹内弘高
政策企画部門が、Liquitousのキーワードに関連する書籍を取り上げ、リサーチャーの視点からレビューするコーナーです。今回は、藤井海さんが『知識創造企業』を扱います。
- 著者:野中 郁次郎著/竹内 弘高著/梅本 勝博訳
- 出版社:東洋経済新報社
- ISBN:9784492520819
- 発売⽇:1996/03/02
1. はじめに
本書では、1970年代~1980年代に日本企業が数々のイノベーションを起こし、成功することができた要因が「人間知」であるとして、「知識」をどのようにして創造し、扱っていくのか、が主なテーマに据えられている。
「知識創造」はこれまで経営学の中でほとんど無視されてきたが、著者は「我々は、数年にわたる研究をつうじて、組織的知識創造が日本企業の国際競争力の最も重要な源泉である、という確信するにいたった」と述べており、当時の日本企業は、いかにして知識を創造し、イノベーションを起こしていったのか、徹底的に追求し、分析している。
2. 本書の内容について
本書の内容についていくつか紹介する。まずは「知識」とはそもそも何なのかについてだ。
2-1.「知識」の紹介
知識は「暗黙知」と「形式知」の二つに分類される。
「暗黙知」とは、簡単に言葉に表現することのできないノウハウのことである。我々読者がイメージしやすいのは、いわゆる「職人技」とも呼ばれるものではないだろうか。「職人の技は見て学ぶ」というような表現があるように、他人に伝えることが困難な知識を指す。
「形式知」とは、文字や言葉に表すことができ、マニュアルや書類に記すことができる知識であり、他人に伝達することが容易なものを指す。日本人は暗黙知に傾斜しがちであり、西欧人は形式知を重視する傾向にある。
2-2. 四つの知識変換モードの紹介
そして、暗黙知と形式知への相互的な変換を4つの知識変換モードで表すことができる。
①「共同化」=個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する。暗黙知を獲得するうえで重要なのが、共体験だ。例えば、職人技と呼ばれるものを共体験して、自分のものにすることなどである。
②「表出化」=暗黙知から形式知を創造する。「表出化は、典型的にはコンセプト創造に見られ、対話すなわち共同思考によって引き起こされる。(p95)」
③「連結化」=個別の形式知から体系的な形式知を創造する。「連結化とは、コンセプトを組み合わせて一つの知識体系を創り出すプロセスである。(p100)」
④「内面化」=形式知から暗黙知を創造する。形式化された知識は、それぞれの個人のなかに落とし込まれ、自然と暗黙知へと体化するプロセス。
この4つの知識変換を繰り返すことで、知識を連続的に生み出すことができる。
2-3. 知識創造のためのマネジメントプロセスとは
日本企業がイノベーションを起こすことができた要因として、著者は中間管理職が重要な役割を果たす、「ミドル・アップダウン・モデル」を挙げている。
数人のトップ・マネージャーが企業の方針を決める古典的なヒエラルキー組織であるトップダウンマネジメントと、ヒエラルキーと分業制を廃止したフラットな水平型のボトムアップマネジメントの両者の良いところを組み合わせた組織形態が、ミドル・アップダウン・モデルである。
トップダウンマネジメントは「数人のトップ・マネージャーの運命が会社の運命になってしまう可能性があり(p188)」、ボトムアップマネジメントは、「個人の優位性と自律性のために、知識創造に大変な時間がかかる。(p118)」とされている。その点、ミドル・アップダウン・マネジメントは、チームやタスクフォースのリーダーを務めることの多いミドル・マネージャーによって、トップと第一線社員(すなわちボトム層)を巻き込み、新しい知識を創造することができるという。
トップ層が掲げる理想と、現場で働く社員の理想は必ずしも一致するとは限らない。どちらを優先するか、判断することは難しい。なぜなら、経営層は、経営方針に関しての判断力が非常に優れているからである。一方で、第一線社員も現場の空気感を直接感じることのできる唯一の存在であり、いち早く市場のトレンドをキャッチすることができる。どちらの知識もとても企業にとって貴重なものである。ミドル層がそうした乖離の橋渡しをする役割として機能するのがミドル・アップダウン・マネジメントである。
3. 本書を誰にお勧めできるか
本書は、企業など組織のトップ層、中間管理職などのマネジメントを行う層、新製品開発などの何らかの新しい取り組みを始める方は参考になるだろう。
なぜ企業など組織のトップ層、中間管理職などのマネジメントを行う層にお勧めなのかというと、本書には、組織的に知識を創造するうえでの各レイヤーの役割が記されているためだ。例えば、企業のトップ層であれば、「会社の知識創造活動に方向感覚を与えるために知識ビジョンを創り出す能力(p237)」が必要であるという。これは本書に記されているトップ層に必要な7つの資質のうちの1つだ。同様に、中間管理職に関しても知識を創造するために必要な7つの資質が記されている。
また、新製品開発に取り組んでいる方々にお勧めする理由は、組織的知識創造を成功裏に遂行するための重要な決定要因が、「企業が新製品開発プロセスをいかにうまく活用できるか(p346)」であるからだ。新製品開発というプロジェクトの一貫の流れは、知識を創造するまでの流れと一致するところが多い。現に、本書で取り上げられている知識創造の例は、新製品開発部門における事例が大半を占めている。知識創造に新製品開発のケースが多い理由として、「新製品開発プロセスは、新しい組織的知識を創り出すプロセスの中核だからである。(p346)」と記されている。新製品開発に携わっている方は非常に参考になるだろう。もし、あなたが新製品関わっているとしたら、自然と知識創造プロセスを利用しているかもしれない。
4. 私の考える、知識創造をする価値
言葉や文字に変換されていない知識(ノウハウ)が存在しているというのは、「見て学べ」という言葉があるように、私たち日本人には理解に易い。本書でも、パン職人自身にも理解できていなかった、あるパン屋のおいしさの秘訣を形式知に変換し、新製品を開発した例を挙げている。パン職人と同じように、組織に属している人間一人ひとりにも必ず暗黙知は存在している。この事実を踏まえると、一部の人間が知識(ノウハウ)を共有していたとしてもそれは氷山の一角に過ぎず、組織の有する知識量は莫大なものになると考えられる。
本書でも「知識創造理論の鍵は暗黙知を動員しそれを形式知に転換することである。」とあるように、暗黙知を形式知に変換させて、他の人にも同じ技術を共有し、身に着けることができれば、その組織が所有する一人ひとりが何人分もの価値を持つ。そしてその共有した知識がまた新しい知識を創造する。豊富な知識を蓄えている人材が多く所属している組織は強い。良い人材を育成することが組織を成功に導くというのは、企業に限った話ではなく、すべての組織に通じることである。よって、この知識創造理論はさまざまなコミュニティで力を発揮することがわかる。
5. おわりに
経営に関する知識がなかったとしても、十分に楽しめる一冊である。本書では、知識創造に適した組織形態に変換することを推奨しているが、組織の構造を一変させることは非常に難しい。本書では、日本企業の社員が知識を創造しやすい環境を整えたのかの模範例がいくつか紹介されているので、所属しているコミュニティで実践してみるのも良いかもしれない。知識として蓄えておくだけでも、仕事で発生した問題を解決する手段として挙げられる選択肢の一つになる。
1970年代に日本企業が成功した際、海外からは日本企業はモノづくりの技術が突出しているとの評価を受けた。もちろん他国に比べて几帳面であり、手先が器用な面もあったと思う。しかし、本書を読んで、イノベーションを発生させる仕組みがあったから、つまり知識創造を無意識にやっていたため、当時の日本企業では、面白いアイデアが生まれ、結果として成功していったのではないだろうか、とも考えるようになった。
これから人工知能などの現代技術が急速に進化していく中で、単純作業は機械に取って代わられていく。そんな中で人は考え、知識を創造する役割を担うことになると考える。新たにイノベーションを起こす手段の一つとして「知識」が重要視されるようになり、これからの社会では知識やアイデアを創造するツールは増えていくのではないかと、改めて考えている。
Author

藤井海
Kai Fujii
Researcher / CBO
民主主義をもっと身近に!
2000年生まれ。東京都台東区出身。法政大学法学部政治学科に在学。中学生の頃、台東区のデンマーク海外派遣に参加し、日本とデンマークの教育や政治などの社会システムの違いに衝撃を受ける。以来、政治に関心をもち、大学では主に経済分野から政治を学ぶ。

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