調査研究
米国におけるオープンデータ及び情報管理政策の概観
「デジタル庁」に盛り上がる日本への示唆
1. はじめに
前提として、米国におけるオープンデータや情報管理政策にかかる動きを検討する際には、州と連邦の2つの層に視点を向ける必要がある。言及するまでもなく、米国は連邦国家であり、州単位で独自の行政府(州政府)と法体系(州法)を有し、独自に政策を展開している故である。つまり、各州・自治体における具体的事例、連邦政府の政策・イニシアティブは、一定の範囲でリンクするものの、必ずしも相互に依存する関係ではない。
2. 州・連邦政府におけるオープンデータの取り組み
米国内におけるスマートシティ施策の前提となる「オープンデータ」に関する取り組みは、州・自治体レベルでは、サンフランシスコ市がその先鞭を付けたと評価することができるだろう。
そもそもオープンデータとは、行政等が保有しているデータを無償・再利用可能な形式で公開する取り組みであり、自治体が推進するスマートシティ施策を展開する際には、行政以外の様々なセクターを巻き込む上で、欠かすことができないものである。同市では、2009年にオープンデータのポータルサイトData SFを立ち上げ、市が作成・保持する情報のオープンデータ化への積極的な取り組みを開始した。これは、当時サンフランシスコ市長であり、かねてから政府のデジタル化に積極的であったギャビン・ニューサム(Gavin Newsom)氏による施策であることは付記しておきたい。
そして、連邦政府も2009年5月にオープンデータのポータルサイトである「DATA.GOV」の運用を開始している。この施策が開始された背景には、同年1月に任期が開始したバラク・オバマ(Barack Hussein Obama II)政権が、行政機関の透明化やデータ公開に極めて積極的であったことが挙げられる。就任直後の1月21日には、”Transparency and Open Government - MEMORANDUM FOR THE HEADS OF EXECUTIVE DEPARTMENTS AND AGENCIES”と題した覚書[1]を明示し、
- Government should be transparent.(透明性のある政府)
- Government should be participatory.(参加型の政府)
- Government should be collaborative.(協働型の政府)
をコンセプトとして打ち出した。これに基づき、同年12月には、”Open Government Directive”と題された指令が発出され、
- Publish Government Information Online(政府情報のオンライン公開)
- Improve the Quality of Government Information(政府が公開する情報の質の向上)
- Create and Institutionalize a Culture of Open Government(オープンガバメントの制度化)
- Create an Enabling Policy Framework for Open Government(オープンガバメントの政策枠組みの整備の実施)
を各政府機関に求めた。このうち、①(政府情報のオンライン公開)について、「DATA.GOV」におけるデータセットの公開を行うことが求められ、具体的に連邦政府レベルでのオープンデータ化の推進が開始された。
この動きは、オバマ政権以降、現・トランプ政権下でも継続的に展開されている。2018年12月には"Open, Public, Electronic and Necessary (OPEN) Government Data Act"(オープンデータ法)が定められ、2019年1月にトランプ大統領が署名し、発効した。同法は、政府の刊行物や公文書について定めた合衆国法典第44編第3052条を修正し、一般的なオープンデータの定義に準拠して、オープンデータガバメント資産("open Government data asset")について定めることで、事実上政府の持つデータをオープンデータとして扱うことが定められた。
また、同法の改正によって、政府に戦略的情報資源管理計画("strategic information resources management plan")の策定・維持を求める他、データカタログの作成、最高データ責任者(CDO)設置ついても定められるなど、今日の米国においては、オープンデータと情報管理政策は統合して検討されており、その法制化にも積極的である様子を伺うことができる。
3. 連邦政府における情報管理施策の変遷
遡れば、連邦・州政府のデータ利活用に関する取り組みは、文書削減・(文書等データの)集権的なコントロール・記録管理の3点が軸となっていると指摘されている[2]。そして、その制度は1940年代まで遡ることができる。1942年にフランクリン・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)大統領の下で、”the Federal Report Act of 1942”(連邦報告書法)が成立し、連邦予算局が文書を集中的にコントロールする制度が確立した。
1950年には、ハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman)大統領の下で”the Federal Records Act:FRA”(連邦記録法)が成立した。また、ルーズベルト大統領及びトルーマン大統領は共に、それまで私文書として第三者による管理がなされてこなかった大統領の私信や職務に用いた文書を管理するための「大統領図書館」を自身の手で設置し、1955年には” Presidential Libraries Act”(大統領図書館法)が議会で成立し、法制化された。そして、リンドン・ジョンソン(Lyndon Baines Johnson)政権下の1966年には”The Freedom of Information Act : FOIA”(連邦情報公開法)が成立し、翌年に施行された。同法によって、米国民に連邦政府が有する公文書・情報にアクセスする権利が認められ、原則的に政府文書は公開されることが定められた。同法は、政権によってその効力に差異を認められるが、後述の通り、クリントン政権やオバマ政権で、同法に基づく情報公開が進んだと評価できるだろう。
そして、1980年には連邦報告書法を代替する”the Paperwork Reduction Act of 1980”(文書業務削減法)がジミー・カーター(James Earl "Jimmy" Carter, Jr.)大統領の下で制定され、ニクソン大統領下で前述の予算局から改組された行政管理予算局(OMB: Office of Management and Budget)に、情報収集や記録管理に関する強い権限が付与され、後続のレーガン政権下で施行された。
1985年にOMBは”Management of Federal Information Resources”(連邦情報資源の管理)と題した回状が発布され、同回状の中で、初めて政府が担うべき情報管理機能の1つとして「情報の提供(dissemination)」が明示された。それまで、政府の情報管理は、情報を収集する側面に重点が置かれていたものの、この回状によって、収集した情報を如何に「市場化」するか、という側面が注目されることとなる。そして、ジョージ・H・W・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)大統領の下では、情報資源管理における州政府・地方政府の役割や電子記録の管理、電子的手段による情報の収集といった領域を回状に含める改正が検討されたが実現しなかった。
1993年に誕生したビル・クリントン(William Jefferson Clinton)大統領は、電子政府の推進を含めた行政改革に積極的であり、報告書”Reengineering Through Information Technology”(情報技術を通したリエンジニアリング)で、情報管理政策についても電子化を推進することが謳われ、前述の回状についても改正が行われた。加えて、同政権ではFOIAの改正と”Electronic Freedom of Information Act Amendments : EFIAA”(改正電子情報自由法)の制定が行われた。これにより、FOIAに基づいて収集・管理を行う情報について、を電子フォーマット化することが推進されるようになった。
2001年に誕生したジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領は、特に電子政府化に積極的であった。2001年には”President’s Management Agenda : PMA”(大統領マネジメント・アジェンダ)に基づくタスクフォース(*Quicksilver Taskforce)の設置と電子政府戦略の策定、2002年になると”E-Government Act of 2002”(電子政府法)の成立などを相次いで行った。同政権の電子政府施策は、情報収集管理よりも、例えば縦割り行政の弊害への対応や業務改善などが主眼を置かれていた。同時に、セキュリティ対策に主眼を置いた”the Federal Information Security Management Act : FISMA”(連邦システム管理法)やFOIAの改正も行われた。こうした流れの延長線上に存在する施策が、前項で示したオバマ政権における諸施策であり、決してオバマ政権の誕生によって突然開始されたものではない。
4. 日本への示唆
日本においては、菅義偉総理大臣とする新内閣が発足した。菅政権はデジタル化を内閣の重要施策の1つと位置付け、デジタル化に向けた動きが加速し、『デジタル庁』設立が刻々と具現化されつつある。この動きの以前から、2020年通常国会で成立した、いわゆる「スーパーシティ法案」においても、都市や市民が持つデータを活用することで、新たなまちづくりを行うことが謳われるなど、我が国では、これまでにないスピードでデータやテクノロジーの政府・行政への実装が議論されている。
筆者自身は、政府・行政のデジタル化や、デジタル・ガバメントの実現については、総論として肯定的な立場を取る。ただ近年、公文書管理のあり方について疑義が呈される事態が生起したことなどが記憶に新しい。本来は、行政「サービス」のユーザーとして、私たちが日常的に利益を享受する箇所のみならず、公文書管理のあり方なども含めて政府・行政のデジタル化、ひいてはデジタル・ガバメントの実現は議論されてしかるべきであろう。むしろ、デジタル化を進めていく際に、そのシステム上で動かすデータ:情報を管理するための法制度の拡充は必須であると言えるだろう。
無論、保存した情報の性質に応じて適宜情報公開までの制限を設けることが相応しいだろう。しかし、原理原則から述べれば、公文書、ひいては行政機関をはじめとする公的機関の内部で作成された諸資料は、国民の財産である。オープンデータ施策を含めた情報管理制度は、一朝一夕には確立し得ない。しかし、いや、だからこそ、今般の政府・行政のデジタル化について永田町や世論が盛り上がりを見せる今、日本の情報管理政策についても、改めて議論がなされることを期待したい。
参考文献
- 『社会のスマート化に向けた公共データ活用にかかる米国と日本の取り組み』田中絵麻、平井智尚、坂本博史 2018 – 一般財団法人マルチメディア振興センター
- 『米国OPEN Government Data Actの成立』本田正美, 2019, カレントアウェアネス-E No.368 (E-2130-E2135)
- 『オープンデータ推進の背景としてのアメリカ連邦政府における情報資源管理政策』本田正美 2016, 情報処理学会研究報告
[1] “Transparency and Open Government - MEMORANDUM FOR THE HEADS OF EXECUTIVE DEPARTMENTS AND AGENCIES” https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/transparency-and-open-government (閲覧:2020年7月12日)
[2] 本田(2016) P.2を参照した
Author

栗本拓幸
Hiroyuki Kurimoto
代表取締役CEO
スクラムを組んで『民主主義のDX』!
1999年生まれ、横浜市で育つ。18歳選挙権などをきっかけに、市民と政治・行政の関係性に問題意識を持つ。2018年に慶應義塾大学総合政策学部に入学以降、選挙実務や地方議員活動のサポートに従事した他、超党派議員立法の事務局などに携わる。市民と行政を繋ぐ「新しい回路」の必要性を痛感し、Liquitousを起業。

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