調査研究
液体民主主義とは何か
先行研究における定義と示唆
私たちLiquitousは、「一人ひとりの影響力を発揮することができる社会」を目指して、液体民主主義の社会実装を通した民主主義のDXに取り組んで参ります。筆者自身、何より私たちLiquitousは、『液体民主主義』という用語を多用していますが、そもそも液体民主主義とは何なのか、詳細に説明をする機会はこれまで限られてきました。
そこで本稿では、先行研究等における液体民主主義の「定義」を概観した上で、私たちLiquitousが掲げる液体民主主義の定義の意味合いを改めて考えたいと思います。
国内の先行研究における「液体民主主義」の定義
液体民主主義は、2010年にドイツ海賊党(Pirate Party)によって、同党の党内ガバナンスのシステムとして極めて実験的に開始された試みでした[1]。現に、液体民主主義を最初に提唱したドイツ海賊党においても、党内ガバナンスとして液体民主主義を実装する試みは必ずしも上手く機能していません。こうした経緯があることから、液体民主主義そのものに関する研究は、日本国内よりも、欧州において盛んである(あった)と言えるでしょう。
その中でも、日本国内でも液体民主主義に関する研究は必ずしも多くはありませんが、行われてきました。そこで本稿では、国内文献のうち、液体民主主義について直接的に言及されている5本の論文ないしは著作物における、液体民主主義の定義を概観したいと思います。
- 『世界民主主義フォーラム(World Forum for Democracy)』(藥師寺聖一, 立法と調査 No.358, 2014.11)
- 『代表制民主主義と直接民主主義の間ー参加民主主義、熟議民主主義、液体民主主義』(五野井郁夫, 社会科学ジャーナル85, 2018)
- 『主権者教育の充実で、あるべき民主主義の実現を―健全な社会を次世代に手渡すために―』(経済同友会, 2019.04)
- 『海賊党の思想: フリーダウンロードと液体民主主義』(浜本隆志, 白水社, 2013)
- 『アイスランド海賊党の挑戦ー市民と政党の関係性ー』(塩田潤, 唯物論と現代 (57), 36-49, 2017.06)
今回は、以上の5つの著作物から、液体民主主義の定義を検討します。尚、いずれの著作物も、CiNiiや国立国会図書館のNDL-OPAC[2]から検索・閲覧等が可能ですので、ご関心をお持ちの方は是非原文をご覧ください。
『世界民主主義フォーラム(World Forum for Democracy)』(藥師寺聖一, 立法と調査 No.358, 2014.11)
この著作物は、参議院事務局調査室が発行する『立法と調査』に掲載され、表題の通り「世界民主主義フォーラム」という名称の国際会議を詳報しています。世界民主主義フォーラムは、欧州評議会(CoE:Council of Europe[3])によって2012年から毎年開催されており、この著作物はその中でも2014年の回を特集するものとなっています。
この著作物の中で、液体民主主義は次の通り定義されています。
液体民主主義は、委譲民主主義(Delegative Democracy)とほぼ同義とされ、代表制民主主義と直接民主主義の中間に位置付けられる、集団的な意思決定の一方法である。液体民主主義においては、①有権者は、自己の権限行使を他者に委譲する受動的な個人(Individuals)となるか、自己及び委譲を受けた他者の権限を行使する積極的な被委譲者(Delegates)として活動するか役割の選択を行う(被委譲者は、代表制民主主義における代表者と類似の役割を担うが、人数の制限はない)、②さらに、被委譲者は、どの分野でどの程度活動を行うか選択し、分野ごとに、委譲を受けた権限を含む自らが持つ権限の行使を他の被委譲者に再委譲することができる、③被委譲者が行使する権限の強さ(最終的な投票の局面における票数)は、委譲を受けた有権者の数に比例するとされる。また、液体民主主義においては、誰もがオンライン上で法案を提案し、他の参加者からの修正を経て最終的にオンライン上での投票(online referendums)に付されることが可能となり、参加型の政策形成が実現されるとされる。
『代表制民主主義と直接民主主義の間ー参加民主主義、熟議民主主義、液体民主主義』(五野井郁夫, 社会科学ジャーナル85, 2018)
この著作物の中で、液体民主主義は次の通り定義されています。
参加民主主義や熟議民主主義は、程度には差はあれどもどちらも個人にとっては時間・空間的に制約の伴うコミットメントを必要とする。液体民主主義(liquid democracy)は委任民主主義(delegative democracy)ともいわれるもので、代表制民主主義と直接民主主義という2つの民主主義からなる、いわば民主主義間の混合政体的なものである。代表制民主主義では有権者の意思がそれぞれの政策に反映されにくいが、他方ですべての政策決定について全員参加で決める直接民主主義は参加者の物理的負担が極めて大きいなか、液体民主主義では直接的に特定の政策決定にかんしてのみ、信頼する者を代理人(delegate)とすることで自身の投票権の委任を認めるというものである。
『主権者教育の充実で、あるべき民主主義の実現を―健全な社会を次世代に手渡すために―』(経済同友会, 2019.04)
この著作物の中で、液体民主主義は次の文脈の中で言及されています。
現在の間接民主主義は、選挙において、候補者や政党の中から一つを選び委任する形式であるが、社会の価値観が多様化している昨今、必ずしも単一の政党や政治家の考え方や政策に一致しないというケースも増えている。そこで、デジタル技術を活用し、政策や法案一つひとつに対して、国民が委任する政党や政治家を選択することができる新しい民主主義の形(液体民主主義)が提案されている。すでに、スウェーデン、ドイツ、アイスランドといった欧州各国を中心に、政策立案のプロセスにそのような方法を組み込む政党(海賊党)が実際に登場し、ドイツ連邦議会の部会でも、市民参加の手段として採用されている。こうしたことも、将来課題として研究・検討していくべきである。
『主権者教育の充実で、あるべき民主主義の実現を―健全な社会を次世代に手渡すために―』(経済同友会, 2019.04)
尚、この記述は(正確には)若干の事実誤認が含まれています。全ての国に存在する海賊党が液体民主主義に基づいた意思決定を行っている訳ではありません。詳細は後述の引用を参照ください。
『海賊党の思想: フリーダウンロードと液体民主主義』(浜本隆志, 白水社, 2013)
この著作物は、海賊党を扱った国内研究では希少な文献と言えるでしょう。海賊党は、スウェーデンで創設された政治団体(政党)であり、特にオンライン上での個人情報・権利の保護に重点を置いた政策を標榜しています。
スウェーデンに端を発する海賊党は、アイスランドやドイツなどの欧州諸国、あるいは台湾や日本といったアジアの国々にもその姉妹政党が誕生しました(2010〜2015年ごろ)。とりわけドイツ海賊党はアイスランド海賊党と並んで非常に活発であり、その活動を通して党内ガバナンスとして「液体民主主義」が提唱されていきました。そうした海賊党・ドイツ海賊党における「液体民主主義」が、本書の中で具体的に解説されています。
本書第4章「ドイツ海賊党の主張」では、液体民主主義について多くの言及がなされていますので、要点を引用してご紹介します。
- 海賊党が主張しているガバナンスはー従来型の間接民主主義制度の欠点を補うー間接民主主義と直接民主主義を融合させたシステムである。(p63 16-17)
- 「液体民主主義のシステム」は、社会全体と海賊党内のものとで区別され、それぞれにオープンなものとクローズドなものがあるという形で交通整理されている。(p64 l8-9)
- 大まかには以下のような流れである。海賊党内でそれぞれの問題的者がテーマ原案を発議する。次にそれをオープンなオンラインで流し、一般市民のテスト投票に付す。その結果を党にフィードバックしてクローズドな議論により改変案を練り直す。それから熟考したり、冷静な判断をしたりする凍結期間を置き、その後党で採決する。(p64 l10-13)
- 「液体民主主義」は、インターネットを使って時間と労力を有効に活用することで、既成政党よりも遥かに合理的な運営を可能とするものであり、政治を身近なものにすることができるのである。(p68 l15-17)
『アイスランド海賊党の挑戦ー市民と政党の関係性ー』(塩田潤, 唯物論と現代 (57), 36-49, 2017.06)
この著作物は、アイルランド海賊等に焦点を当てて、その活動や背景について総論的に考察を行っています。先述したとおり、海賊党はドイツに限らず、アイスランドにも存在している政治団体なのですが、実はドイツ海賊党とアイスランド海賊党では、党内の意思決定プロセスが異なります。アイルランド海賊党における意思決定プロセスもオンライン上のプラットフォームで行われることに違いはありませんが、前項で紹介したドイツ海賊党における液体民主主義のプロセスと比較して、「党の中」の人間と「一般市民」の間の役割分担がより融合しています。加えて、ドイツ海賊党における液体民主主義の重要な仕組みの1つである「委任」という仕組みが廃止されています。そして、『熟議』により軸足を置き、熟議民主主義を志向するプラットフォームになっていることが特徴として挙げられるでしょう。
いずれにせよ、この著作物においては液体民主主義は次の通り定義されています。
「液体民主主義」ではより多くの参加者による最終決定への関与を目指す。(中略)このシステムの特徴的な点は、投票において賛成/反対以外に委任という選択肢が存在することである。投票参加者は自分が当該イシューに詳しくない場合、より詳しい人物に自分の一票を「委任」することができる。(中略)また、発案された政策案に対し、コメントや情報を提供するフィードバックの機能もあり、一般市民を含めた投票と情報提供によって幅広い人々を政策策定に包摂しようとする試みである。
『アイスランド海賊党の挑戦ー市民と政党の関係性ー』(塩田潤, 唯物論と現代 (57), 36-49, 2017.06)
液体民主主義の特徴と実相
これまで扱ってきた先行研究を総合的に検討すると、一般に「液体民主主義」と呼ばれるものには、次の特徴があると考えられるでしょう。
- オンライン上のプラットフォーム(アプリケーション)を利用するガバナンス・システムである
- 物理的(時間・空間)な制約を必要としない
- 意思決定のプロセスの全貌が明らかにされている
- 意思決定に関わる人々が可視化される
- 意思決定そのものの流れが可視化され・保存される(≒レビューが容易になる)
- 間接(制)民主主義と直接民主主義を融合させたガバナンス・システムである
- ガバナンス・システムへ参画することができる対象が、従来のガバナンスシステムよりも開かれている
- 代表者のみならず、その組織体における構成員が一人ひとり意思決定のプロセスに直接参画する
- 意思決定に参画することができる範囲を構成員の周縁に存在する(本来は構成員ではない)人々まで拡張することが可能になる
- 意思決定に直接関わる際に、自分自身の意見表明や投票を他人に「委任」することができる
- ガバナンス・システムへ参画することができる対象が、従来のガバナンスシステムよりも開かれている
紹介した文中でも触れられている様に、こうした特徴がある液体民主主義はより多くの人間を意思決定プロセスに参画させる可能性を持つものと言えるでしょう。同時に、オンライン上でのやり取りとなることで、意思決定が「ブラックボックス化」すること、あるいは後からレビューすることの困難さを一定程度低減することが十分に期待できます。
そもそも、最初に「液体民主主義」を提案したドイツ海賊党を始めとする海賊党は、デジタル時代において、インターネット上の個人情報の保護やデータへのオープンアクセスを可能とする、『ガラス張りの統治機構』の実現を標榜しています。したがって、その様な主張を行う政党の党内ガバナンスが、これまで説明してきた液体民主主義に基づくことは、極めて自然ではないでしょうか。
Liquitousにおける『液体民主主義』の定義
私たちLiquitousでは、液体民主主義を次の通り定義し、これまでの先行研究・事例に基づいた「新しい液体民主主義」を提案しています。
私たちLiquitousは、欧州のLiquid Democracyを発展させた「液体民主主義」の社会実装を行います。私たちLiquitousの液体民主主義は、単に間接民主主義と直接民主主義の融合を図るのみならず、オフラインとオンライン、組織・個人同士といった様々な枠組みを越えて融合させていきます。これまでは存在せざるを得なかった「みんな」「空気」「一般論」「民意」といった『見做し』を解きほぐし、個人一人ひとりの意思決定プロセスへの参画を前提とした意思決定モデルです。
私たちは、Liqlidというソフトウェアの開発を進めています。このソフトウェアこそが、私たちの進める「液体民主主義の社会実装」のコア:核となるものです。このソフトウェアを核に実現したい液体民主主義の形は、これまで説明してきた様々な先進事例に拠って立つものです。勿論、私たちも「液体民主主義」という語を使用する以上、①オンライン上のプラットフォームを使用する ②他人に「委任」することができるなどと言った基本的な仕組みは残します。
その一方で、全てオンライン上で議論を完結させることなく、実世界における議論・意思決定を拡張し、対話や共創を可能とするツールとして利用することができるソフトウェアを想定しています。あるいは、意思決定のプロセス(手順)を議案によって組み替えることができる機能も想定しています。こうした機能を実装していくことで、これまでの液体民主主義の様に、単に政治・行政に関わる組織の周縁のみで液体民主主義を実装するのではなく、NPOや教育、ソーシャルビジネスなど様々な組織体に液体民主主義を実装していきたいと考えています。
- [1] デジタルツールを活用した(直接)民主主義を目指す動きは2000年代初頭から見られ、当初はElectronic Direct Democracy(E2D)と呼称されていました。このE2Dの流れの中で、後述する「委任」等、液体民主主義の要素を加えたソフトウェアの運用を行ったのがドイツ海賊党です。尚、液体民主主義という概念そのものは、2000年に、John Washington Donoso(別名:Sayke)が提唱したアイデア、あるいは1884年のLewis Carollによる”Principals of Parliamentary Representation”における委譲民主主義についての言及にまで遡ることができます。ただ、正確にはSaykeが提唱する液体民主主義と、Lewisの唱える委譲民主主義の要素が強い液体民主主義は明らかに異なるものであり、少なくとも現時点では、後者の液体民主主義がより一般的に液体民主主義として認識されています。液体民主主義という概念の歴史については、後日Lisearchで取り上げる予定です。
- [2] OPACは、Online Public Access Catalogの略称で、図書館が保有するオンラインの蔵書管理システムを指し示す語です。
- [3] 欧州評議会は、1949年に西欧10か国がフランス・ストラスブールに本部を設置した国際機関であり、民主主義や人権、法の支配といった基本的価値観の普遍化を目的に、現在ではロシア・トルコを含む47か国が加盟しています。
参考文献
- 『世界民主主義フォーラム(World Forum for Democracy)』(藥師寺聖一, 立法と調査 No.358, 2014.11)
- 『代表制民主主義と直接民主主義の間ー参加民主主義、熟議民主主義、液体民主主義』(五野井郁夫, 社会科学ジャーナル85, 2018)
- 『主権者教育の充実で、あるべき民主主義の実現を―健全な社会を次世代に手渡すために―』(経済同友会, 2019.04)
- 『海賊党の思想: フリーダウンロードと液体民主主義』(浜本隆志, 白水社, 2013)
- 『アイスランド海賊党の挑戦ー市民と政党の関係性ー』(塩田潤, 唯物論と現代 (57), 36-49, 2017.06)
- 『選挙対策しか考えない政治家を排除したい! : ドイツ「海賊党」が目指す“究極の透明政治” (こうすれば、「社会」は変えられる。 ; 民主主義の未来を考える) 』(雑誌記事 Sven Becker, Drik Kurbjuweit, Peter Muller 他 <Z71-P430> 掲載誌 Courrier Japon 8(11)=96:2012.11 p.44-49)
- 『Liquid democracy, its challenges and its forebears』(open Democracy; https://www.opendemocracy.net/en/can-europe-make-it/liquid-de/ Jan Behrens, Marco Deserils 2015)閲覧日: 2020.03.15
- 『Liquid Democracy In Context or, An Infrastructuralist Manifesto』(http://seed.sourceforge.net/ld_k5_article_004.html Sayke 2000) 閲覧日:2020.03.15
※訂正: 文中の誤字脱字を一部修正しました(2020年9月10日)
Author

栗本拓幸
Hiroyuki Kurimoto
代表取締役CEO
スクラムを組んで『民主主義のDX』!
1999年生まれ、横浜市で育つ。18歳選挙権などをきっかけに、市民と政治・行政の関係性に問題意識を持つ。2018年に慶應義塾大学総合政策学部に入学以降、選挙実務や地方議員活動のサポートに従事した他、超党派議員立法の事務局などに携わる。市民と行政を繋ぐ「新しい回路」の必要性を痛感し、Liquitousを起業。

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